映画史上最高齢のセックスシーン? クリントイーストウッド監督『運び屋』レビュー ネタバレあり

 

 

 あらすじ

 アール(クリント・イーストウッド)は、農園(花を育てている)を経営する老人。家庭をまったくかえりみず、娘の結婚式に出席しなかったことで、娘に絶縁される。

 数年後、インターネットの台頭により、農園の経営が傾き、農園を差し押さえられる。アールはネット事情に疎く、時代の急変についていけなかったのだ。

 路頭に迷ったアールは、おんぼろトラックで家族の元に帰るが、冷たくあしらわれてしまう。

 経済的にも精神的にも窮地に追い詰められたアールに、怪しい男が近づく。「なあ、おっさん。ブツを運んでみないか? 運ぶだけで大金が稼げるぜ」

 ふとしたことからアールは、裏世界に引きずりこまれていく……。

 

 以下ネタバレあり

感想

要約するなら、90歳になる老人が罪をつぐない、再生する物語ってとこかしら

90歳になってから人生の再生って……。

イーストウッド監督は「学ぶのに年齢は関係ない」って言ってるわよ

 

 この映画、さほど派手なシーンはない。映画の雰囲気そのものが老人のような感じなのだ。

 クリント・イーストウッドはすでに90歳。超有名で、常に映画界の最前線で戦ってきた監督も気づけば、後期高齢者。最近の彼の映画は、「老人映画」とでも言えそうな静謐な雰囲気なのだ。

老人映画という新たなジャンルを開拓してるんだね

 

 サスペンスの巧みさ

 ブツ(麻薬入り)を車に積んで運ぶわけだから、警察に見つかれば即逮捕。つまり、観客としては、警察に見つかるかどうかがハラハラするポイントになる。

 すると、警官がやっぱり登場。「ブツを見られるとやばい……」なんとか警官をごまかしたアールだが、なんと今度は警察犬が出てくる。「麻薬の匂いをかがれたらばれる……」

 この二重のサスペンスがおもしろくって、ハラハラする。やっぱ映画楽しい!って思うシーン。

 

イーストウッド 運び屋

アメリカの警官って日本の警官より強そうに見えてしまう 『運び屋』

 

アールは意外な方法を使って、警察犬の鼻をごまかしたわよね

うん。咄嗟にあの方法は思いつかないよ。年の功ってやつだね

 

ポリティカル・コレクトネス

 それにしても、めちゃくちゃ寄り道するのだ、この老人は。運び屋のくせに。途中で泊まったホテルの部屋で、女を呼んだりもするし。

 パンクして路肩に停車している黒人の家族も、親切心からつい助けてしまう。そこで、アールは黒人夫婦のことを、「二グロ」と呼んでしまう。すると、黒人夫婦の顔が曇る。

 

イーストウッド 運び屋 二グロ

『運び屋』



 「二グロという言葉を使わないでほしい」という黒人夫婦の頼みに、アールは素直に謝る。アールは、「二グロ」という言葉になんら差別的意図をこめていなかったのだ。

そりゃ、運び屋やってるときに危険を冒してまで黒人を助けてるんだから、悪感情があるわけないよね

 

 実はこのシーンは難しい問題をはらんでいる。

 差別意図がないのに、それは差別語だからと言葉を封印していっていいのか。それは言葉狩りにつながり、ひいては文化の破壊につながるのではないか。

 

多民族国家アメリカならではの社会問題ね

 ここには、「逆差別」の問題も含まれるので、差別語の問題はとても根深い。

 とりあえず当面の打開策としては、一般的に差別語と思われている言葉は、必要のない限りは使わない方がいいということ。

あまりいき過ぎると、息苦しい時代になりそうだけど……。

 

90歳のセックス

 真面目な話の後にこんなこと書くのもヘンだけど、90歳の演じるセックスシーンは驚いた。まじで。

 実はこれもある意味サスペンスの演出。なにが怖いかっていうと……。

アールが心臓発作を起こして死ぬんじゃないかとハラハラしたよ!

イーストウッド 運び屋 セックス

老人はセックスするだけでサスペンスになってしまうのだ。『運び屋』

 そう。老人の「腹上死」は実社会でもよく起こっている。

腹上死ってなに?

セックス中に男が死ぬことよ。

…………。

  クリント・イーストウッドは実際に何度も結婚と離婚をしており、異なる母を持つ子供がたくさんいる。女性問題では何度もトラブルを起こしていたらしく、文字通り精力絶倫のハードボイルド・マンなのだ。

 90歳の老人をあなどってはいけない。

セリフの深さ

 この映画は、名セリフの宝庫でもある。

 農園で花を育てるアールは、「デイリリー」という花が好きらしい。なぜなら花開くのが、わずか一日だけだから。アールは妻にこう言う。

「デイリリーという花には、あらゆる努力と時間をかける価値がある」

 即座に妻がこう切り返す。

「家族もでしょ?」

 アールはなにも答えられず固まってしまう。家族をないがしろにしてきた罪悪感があるのだろう。

あんなにおしゃべりなアールが固まってしまうのが印象的ね

 そして、物語の後半でアールは、妻の危篤に立ち会うことになる。今までの人生は間違っていた。家族を大事にするのは今からでも遅くない。

 なんとか家族の信頼を取り戻そうと奮闘するアールに、娘がこんなことばをかける。

「あなたは遅咲きなだけよ」

イーストウッド 運び屋 名言

『運び屋』

  

90歳になって初めて花を咲かせられたんだね

 

 ちなみに、この女性はクリント・イーストウッドの実の娘。実の娘が娘の役を演じているわけだ。親子共演も大きな見どころ。

 

そして結末……。

 DEA(麻薬取締局)が徐々にその捜査網を広げていき、アールはついに捕まってしまう。むしろ今まで逃げきれていたのが奇跡なのだ。

捜査官もまさか、90歳の老人が運び屋だとは思ってなかったのね。だから、アールは捜査網から外れていた

 

 

 アールは特に抵抗もせずに、自ら招いた運命を受け止める。この諦めの境地こそが老人の美学というところ。

  裁判では、自ら有罪を名乗り出て、弁護士の弁護を拒否するアール。

 そして、家族に今までのことを詫びて、こんなことを言う。

「何でも買えるのに時間だけは買えなかった」

 

90歳の老人が言うと説得力が段違いだね 

老人の語る言葉には千鈞の重みがあるものよ

そして、刑務所の中で花を育てるアールを映して、映画は終幕。

ここで『don't let the old man in』が流れるのだけど、この歌と映画のシンクロ率が100%。泣けます!

 

 

まとめ 老人の再生の物語 でも若者が見るからこそ楽しめる!

 主演も監督も、老人であるクリント・イーストウッド。映画のテーマも老人の再生の物語と言っていい。

 でもねえ、若者が見るからこそ価値があるような気がするんだよね。

 若者はまだ老人になることなんて遠い未来でしかないから、この映画を純然たるフィクションとして見れるけど、老人が見ると……。そんなに感動しないんじゃないかなあ。

 もちろん僕が老人になるのはうん十年先のことなので、この映画は他人事のように楽しめた。

 老人映画を楽しめるのは若いうちだけ。ってことで、みなさんぜひご覧ください!

 

運び屋(字幕版)

運び屋(字幕版)